物好きがいる

以前のブログで「今月の原付特集の原稿は本当はもっと長かったけど、スペースの都合上短くなっちゃった」的なことを書いたら、なんと「全文掲載してください」というマニアック読者がいらっしゃりました。

うれしいやらハズカシイヤラ

「当時を懐かしんで」書くように要請された原稿、BGメイン読者よりは世代が若い僕ですが、「あぁ!そうだった!僕もその世代!」という若手読者もいたら嬉しいな。

写真はオマケで、かっこ悪いハングオンを撮って!と言って撮ってもらったもの。当時は気持ちばっかりで、たぶん実際はこんなフォームだったんじゃないかと思う(笑)

 

以下、要望のあった原文です。もちろん、実際に誌面にある本文とかぶってるところもありますが。さらにDJ-1版もあるからそっちも読みたいなんていうマニアなアナタはメールください(笑) (ノア)

懐かしさよりも恥ずかしさが思い出される、甘酸っぱい50cc時代。メインのBG読者層である40~50代とは関わったモデルが違うのだけど、そんな思い出は同じなんじゃないかな? 僕の時代は「ゼロハン」なんて言葉はもはや死語、MBXの時代はとっくに終わっていて、NS50Fがすでに型落ち、NS-1やTZR50などが周りにあった。

 時代的には「走り屋」と呼ばれた人たちがまだ残っていて、原付免許を取ったときから性能や速さに取り付かれていた僕は、「バリバリマシン」誌を読みつつ、当時すでにかなり少数になっていたその走り屋に憧れたのですよ。

 ジーンズの膝に潰した空き缶の時代は過ぎ去り、バンクセンサーの替わりに(そして走り屋っぽくてカッコよかったから)樹脂製のまな板を四角く切って膝に貼り付けてた。かつてのレプリカブームのおかげか安い中古皮ツナギの入手がしやすかったけど、パステルカラーなど80年代の香りが恥ずかしくてね、だからその上からトレーナーを着て走ってたんだと思う。そのトレーナーに転倒の跡があったりするとまたカッコよくて、ハクがつくと思ってたんだから恥ずかしい。チームなんかに憧れたのもこの時代。おそろいのチームトレーナーを着てる人たちがカッコよく見えたけど、仲間がたくさんいたわけじゃないしそんなトレーナーを作るお金もなくて、安物のトレーナーに手書きで「○○レーシング」なんて書いたっけ。

 マシンをカスタムするお金もなくて、チューニングといえばステッカー。ゼッケンがカッコよかったね。なぜか02とか、数字の前にゼロを付けたがった。あとは「改」とか「最速」とか「免許点数残りわずか」とか。で、ヘルメットのシールドにはタイラップをくっつけて触覚みたいにしてた。今回は黒のタイラップしか用意できなかったけど、当時はピンクとか蛍光イエローとかね。さらに角も生やしたりして。後ろから尻尾が生えたのはもう少し後かな? ドラヘルなんかもいたなぁ。

 そんなファッション(と呼べるのか?)がバイク遊びの一部だったけど、今思うと腕の方はまるっきり未熟だった。一生懸命膝を伸ばして、上半身はドゥーハン気取りで斜めにタンクの上に残したスタイルだったかなぁ。きっとかなりカッコ悪いフォームだったと思うから、そんな恥ずかしい感じでメインの写真に写ってみた。大きな身体で小さなバイクにしがみついていて見事にカッコ悪い!

 今回のRZは、登場するライバルから見れば本来旧い方のRZであるべきだったのだけれど、さすがに現存する個体が少ないし、僕の頃にはもう走ってなかった。新RZは98年だから反対にまだ走ってなかったのだけど、登場時にまだ50ccに興味が残っていて「イイナ」と思ったのを覚えている。